前回に続いて、発起人上田の自己紹介です。
さて、大学で、
一人ひとりに最も適した教育のあり方を公教育の仕組みでどう実現するか
について、考えていたわけですが、研究として進めるより、現場で直接、制度設計に携わりたいと思い、行政職を選ぶことにしました。
ですが、当然と言えば当然ですが、一公務員が希望の担当につけるわけでもなく、また、人生の転換点も迎え、結婚〜子育て中心の生活になりました。
生まれてきた長男。これが、全く寝ない、寝ない。
子育ての経験がある方は、多かれ少なかれ、「寝たと思ってベッドに下ろすと、途端に泣き出す」といった経験をされていると思いますが、いや、本当に寝ない&泣いてばかりで、新米ママには辛い毎日でした。
そんな長男が学校に通うようになって、再度、学校教育というものと付き合うことになります。
そこで目の当たりにしたのは、やはり「窮屈さ」でした。
また、この頃、「発達障害」という概念も教育の現場に浸透してきていました。
発達障害が正しく理解され、例えば、親の育て方のせいにされなくなったりしたのはいいと思うんです。
ですが、一方で、標準的でない言動、あるいは、教師や教室運営に都合の悪い言動を、「定型でない」ものとしてレッテルを貼り、定型に沿うように治させようという風潮も少なからず生まれた、と思います。
「普通」を求められると言ったらいいのでしょうか。
なんとなく、目に見えない「普通」に縛られているような、そんな雰囲気が学校の中に感じられました。
教育学部でしたので、発達や心理学についての基礎知識はありましたし、一般的な保護者の方より、発達障害やそれにまつわる制度的なことも見知ってはいましたが、
「普通」ってなんだろう、
発達障害の「障害」ってなんだろう、
ということと、
では、教育として、どんな支援の方法があるのか、
ということ、そして、
インクルーシブ教育、共生社会とは?
ということを学び直すため、星槎大学の支援教育専門士のプログラムを受講することにしました。
※支援教育専門士は、文科省の履修証明プログラムです。
支援教育専門士のプログラムでは、発達障害の定義や概念について、またとくに学習障害とその支援について、そして、臨床心理学、認知心理学、応用行動分析などの心理学的アプローチなどなど、理論と実践を学ぶことができました。
そしてそれらが、「一部」の子どもたちのためではなく、「すべての」子どもたちに非常に有用なことであることも実感しました。
そもそも私たちは、一人ひとり認知的にも発達的にも異なる個性を持っていて、そのバラバラな個性に合う教育・支援を受けることが望ましいはずです。
そして、そのバラバラな個性が生かされ、組み合わされて作られるのが「共に支えあって生きる社会」=共生社会なのだと思います。
また、長くなりましたので、次に続きたいと思います。